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2023年秋リンツ美術工芸大学交換留学体験記(前編) 留学最初の1ヶ月間

松井美緒(博士前期課程1年)

こんにちは。IAMAS博士前期課程1年の松井美緒です。交換留学としてリンツ美術工芸大学に行ったので、そこで起きた日々のさまざまな出来事についてこの記事で紹介いたします。
交換留学の制度や、留学先の情報についてはこちらの記事で詳しく紹介されているので、まずはこちらを読んでから私の記事を読むとわかりやすいと思います。
本記事では、留学の動機と私の研究テーマについて、そしてはじめの1ヶ月間で起こったさまざまなことを書きました。

留学の動機

私は昨年まで日本から出たことがなく、海外に対しての興味も薄かったが、今年の春休みに初めてヨーロッパ旅行に行ったこと?今年の5月にNew Interfaces for Musical Expressionという学会へ行ったことから、興味を持つようになった。特にこの学会では、メキシコに一人で訪れ英語とスペイン語で設営をするという経験をしたことで、不安な環境に飛び込んでなんとかやり抜くパッションや、言語が異なる人たちとのコミュニケーションの楽しさ、そして言葉が出てこない悔しさを知った。

あとは、自分の研究が日本とは全く異なる文化圏ではどうなるのだろうと興味があったことも理由の一つだ。メキシコから帰国してすぐ募集の締め切りがあったので、また見知らぬ場所で挑戦したいという強い気持ちを持ったまま急いで資料を作って提出した。

研究テーマ

私の研究テーマは、ノスタルジックな不気味さを探究することだ。私たちは、過去の知覚に対しどのような認識をしているだろうか?私にとっては、思いのほか曖昧で、解像度が低く、つかみどころのないものである。朝起きた時、どんな夢を見ていたか思い出すのと同じように、次第に辻褄が合わなくなっていく記憶も存在する。そして自分の成長とともに、過去の認識が誤りであったのではないか、など、過去の知覚そのものに対する疑いや受け取った知覚への認識の変化が生じてしまう。このような歪さが、懐かしさと共に不穏な感覚をもたらしているのではないだろうか。

インターネット上のミームとして、「リミナルスペース(Liminal Space)」と呼ばれる画像群が存在する。この画像たちは、それをみる人の懐かしさを引き出すと同時に、そこに隠された不気味さをあらわにする。また、それらの多くは、低画質であったりあえてノイズが乗せられている事が多く、過去の知覚に対する認識の荒さと共通する。(参考文献:廣田龍平 2023「〈怪奇的で不思議なもの〉の人類学」)

そこで、前述の疑問に対して、「リミナルスペース」に関連する画像を収集、整理し、考察するというアプローチを図ることにした。
また、この研究によって明らかになることを礎とし、論理的な研究の中には収まらない部分を自身の作品制作として提示していきたい。

いざ出発

日程や飛行機の予約などは全て自分で行う。リンツ美大の事務の方とメールで入寮日を決めるためのやりとりをし、例年利用されている大学近くの寮が今回使えないなどの問題があったがなんとか決まった。
3ヶ月間IAMASの充実した機材などの環境が使えないことは悲しいポイントだったため、8月は作品制作に打ち込み、あっという間に出発の日となった。9月2日から3ヶ月間の留学。

8月に制作した作品 《残波》

アルスエレクトロニカ

リンツで9月に行われる、国際的なメディアアートの芸術祭であるアルスエレクトロニカフェスティバルを訪れた。アルスエレクトロニカが何なのかについてはこの記事を参考にしてほしい。

私はこれまでメディアアートというものをほとんど鑑賞したことがなかったので、これほど多種多様な作品を一度にみることができたのは本当によかった。また、パフォーマンス系のイベントも充実しており、毎晩のようにさまざまな実験的なパフォーマンスを鑑賞することができた。

私が特に印象に残っている作品を紹介する。

この作品は“musical composition and immersive installation” と説明されているが、音の感覚はとても魅力的で、さらに、空間に浮遊している赤くてまるいものたちが絶えず動き続け、波のようにずっと見ていられるような動きであった。キャプションでは、鑑賞することで、普段取りこぼしてしまうような私たちを取り巻く物理的な現実世界のダイナミックな環境を聴き、観察するといったことに言及していた。それを踏まえて、固定的な電気信号のシーケンスと絶えず変化するシンバルの物理的な振動による音という作品構成に対して非常に共感をもった。
特に、前述の私の作品「残波」は、同様の意識を持って制作している。

最後に学生展示の撤収作業を少し手伝い、入学前に学生と少しだけ話すことができた。学期が始まってから2ヶ月しかいられないので、この時に顔を憶えてもらえたのはいいきっかけだったと後になって思う。

ヴェネチアビエンナーレ

アルスエレクトロニカフェスティバルが終わってすぐ、イタリアで開催されるヴェネチアビエンナーレに行くことにした。リンツからは、夜行列車を使って夜出発して朝つくくらいの距離感である。しっかりと電車の目的地を確認し、駅員が座席に回ってきて指定席の切符をチェックされ、一安心してうとうとしていた。目が覚めると、なんとスイスのチューリッヒに来てしまっていた。次の停車駅で慌ててホームに降りると雄大な山々といかにもスイスですといった絶景が広がっていた。
チューリッヒからミラノで乗り継いでヴェネチアに半日以上遅れて辿り着いた。

ヴェネチアビエンナーレは時間の関係でメイン会場だけを回ったが、アフリカの作家の作品が集まっていて、インスタレーション作品や、映像作品などをたくさんみることができた。

また、ペギーグッゲンハイムコレクションというギャラリーを訪れた。シュルレアリスムの有名な絵画が充実しており、期待以上に楽しく、今でも強く印象に残っている。私は美大出身ではなく、絵画の知識も乏しかったため、シュルレアリスムとジャンル分けされることをその場で知ったが、イヴ?タンギーやルネ?マグリット、サルバドール?ダリ、マックス?エルンストなどの有名な画家たちの絵を一気にみて感動したことを覚えている。また、抽象画でクリフォード?スティルの「Jamais」という作品があり、それも非常に好きになった作品であった。私が異常に魅かれる、「なぜか辻褄が合わないようなとりとめのない過去の知覚への不気味さ」との共通点をこのギャラリーでの鑑賞の中で感じた。寮に戻ってから、シュルレアリスムの歴史や、現地で何も知らずに出会った絵画やその作家のことを調べた。

授業がはじまるまで

授業は10月からのため、始まるまでの期間は慣れない日常生活を模索しながら、短期間で一気に得たインプットを記録?整理するなどして、主に寮で過ごした。円安が加速している時期だったこともあり、オンラインでのアルバイトにかなり時間を割く必要があった。そうはいってもパソコンに向かって引きこもっているのはもったいないので、日本から持ってきていたレコーダーを持ち歩いてフィールドレコーディングしながら散歩をしたり、寮周辺でリミナルスペース的な写真を撮りに行ったりするなどして過ごした。

大学からトラムで30分ほどの場所にある寮。ホテルとして使われているパートもあり、フロントがとてもしっかりしていた。

寮にあるレストランの日替わりランチ。これで大体1300円くらいなので、普通のレストランと比べると破格


9月に録音?撮影した素材を使って作った曲

後半につづく

ここまで読んでくださりありがとうございました。次回は学校が始まってからの2ヶ月間の日々について綴っていこうと思います。
それでは最後にクイズです。

ドイツ語で、トラム(路面電車)のことをなんというでしょう?
① Einbahn
② Zug
③ U-Bahn
④ Stra?enbahn

ぜひググらずに次回の答え合わせまで考えてみてくださいね。答えがわかったら、他の選択肢の意味も考えてみてください?